自然をまとう、四季をまとう。

染織家 吉岡更紗さん

美を紡ぐ人Vol 1

Profile

吉岡更紗 染織家
よしおかさらさ
吉岡更紗(よしおか・さらさ)染織家。「染司よしおか」代表。1977年京都府生まれ。大学卒業後「イッセイミヤケ」で販売員として勤務した後、愛媛県の西予市野村シルク博物館で染織技術を学ぶ。2008年、江戸時代から200年続く「染司よしおか」に戻り、五代目の父、吉岡幸雄のもと、染織の仕事に就く。2019年、父の急逝に伴い六代目に就任。奈良東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)、薬師寺の花会式、石清水八幡宮の石清水祭などの伝統行事に関わるほか、国宝の復元なども手掛けている。

吉岡更紗さんとの出会いは2021年に遡る。

実は私たちサクラエチームと吉岡更紗さんの出会いは、2021年に遡ります。サクラエのブランド開発準備のために、ネーミングの語源となった「桜の襲かさね)について、古代色研究家の権威であった先代・吉岡幸雄さんの貴重な資料や、源氏物語』の中で主人公・光源氏が着ていたという、桜の襲の装束を再現したものを拝見したり、それに対する更紗さんの現代的な解釈についてお話を伺うために、京都の工房にお邪魔したのです下の写真はその時のもの)そのようなご縁もあり、“JAPAN BEAUTY”をテーマにしたサクラエの新しいコンテンツ「美を紡ぐ人」第一回目に、改めて吉岡更紗さんにご登場いただいた次第です。ではさっそく、吉岡さんのお話しに、耳を傾けてみましょう。

かさね」平安貴族の雅を今に伝える美しい色のハーモニー。

かさね(襲あるいは重)」をご存じでしょうか。平安時代の中頃に生まれた、色を重ねた王朝貴族の女性の衣装のことです。衿元や袖口、裾から見せる何色もの組み合わせが季節の移ろいをこまやかに表現し、個性や心情をアピールするものでした。どう合わせるかに決まりはなく、大らかに感じたままに自由に色を重ねていた。それが当時のおしゃれであり、富と教養の象徴でもあったのです。まだ、プリントなどの技術がなかった時代、自然を繊細に映しとった色をまとうのは、日本人固有の美意識の表れと言えるかもしれませんね。

軽やかに受け継いでいきたい、季節をまとう「かさね色」。

染司よしおか〉の「かさね色のストール」は、そんな平安時代に倣って、自由に大らかに作っています。季節感を表す色をまず決めて、それをベースに色を合わせていきます。思わぬ色の組み合わせがよかったりするのがおもしろい。たとえば、人気が高いのが紫と緑。ふだんはあまり組み合わせない色ですが、なぜかとても評判がいいんです。機会がありましたら、ぜひ、お手にとってみてください。かさねの妙を感じていただけると思います。実は、このかさね、古い色合わせにとらわれることなく、“今”のかさね色があってもいいと思っています。それが、都会のイルミネーションだったりしても、それもまた素敵ではないかと。

(写真左から) 春の山々に咲き誇る「桜のかさね」/夏に光り輝く水田の「苗と水のかさね」/錦秋の景色「紅葉のかさね」/寒い冬を覆う「雪と鈍色(にびいろ)のかさね」

天然染料だけで染めることに決めた父の英断。

工房、ご覧になりますか。私は小さいときから、祖父が働くこの工房の匂いや雰囲気が好きでした。当時、父はまだ出版の仕事をしていて、家にはあまりいませんでしたが、社寺に出向くときは必ず連れて行ってくれました。十歳のときに祖父が他界すると、父が五代目を継ぐことに。そのときに化学染料をやめて、天然染料だけで染めることに決めたのです。しかも、昔の文献にある染料や、現存する染織品で確かに使ったとわかる染料しか使わないと決めたのも、時代をあと戻りするようなことでした。英断だったと思います。私は三女ですから工房を継ぐなんてことは考えてなかったのですが、姉2人が継ぐ気配がないので、自分が継ぐのかなぁと思うようになりました。それから、父のすすめで染織をみっちり学び、工房に一職人として入りました。父と仕事をすること11年。2019年に父が急逝。突然、私が六代目を継ぐことになったのです。

六代目の仕事は始まったばかり。模索は続きそうです。

染司よしおか〉の根幹をなすのが、祖父の代から50年あまり続けている古社寺の仕事。752年から何があっても1年も休むことなく続く、東大寺の修二会(しゅにえ)にお供えする椿の造り花、 薬師寺の花会式のための造り花、そして、石清水八幡宮の石清水祭に奉納する12ヵ月の供花神饌(きょうかしんせん)。いずれも無事に奉納し終わるまで緊張の連続です。絶やしてはいけない仕事に関わることのできる誇りと使命感を感じながら、クオリティは常に向上させたいと一心に取り組んでいます。その一方で、大空間を演出するインスタレーションや、建築関係の仕事をいただくこともあって、染色にはさまざまな可能性があると気づかされています。祖父や父をはじめ、先人たちが残してくれた美しい色、技術を守りながら、“今”という時代にどう生かしていくのか。まだまだ六代目の仕事は始まったばかり。模索は続きそうです。

右上写真の男性は、祖父の代から勤める福田伝士さん。更紗さんの大切な師匠。

美しい色は、常に、もとにあふれている。

毎日、工房の行き帰りに自然の小さな変化に気づきます。木々が芽吹いて日に日に色濃くなる。あー、春が来るなと感じる。空が高くなって、木の葉が色づき始めると、もう秋だなと感じる。季節によって、夕焼けの色も明らかに変わってきます。平安貴族のかさねへの思いを知ってから、色を意識して道を歩くようになりました。毎日同じ景色だから、季節の微かな移ろいを色で感じるようになる。情報があふれる現代社会ではつい人工的なものに目が行きがちですが、自然の中にも情報はいっぱいあるんです。それをぜひ感じていただきたい。ほんの少し意識するだけで、見える景色も変わってきます。色で感じる季節感。平安貴族のように繊細に色を感じて、自分だけのかさねのイメージを見つけるのも楽しいのではないでしょうか。

吉岡更紗さん、スキンケアどうしてます?

最後に、吉岡さんのスキンケアについて聞いてみました。仕事場での雰囲気とは打って変わって「メッチャしてますよ!」とはんなりお答え。植物原料を求めて、炎天下の畑に出る機会も多いという更紗さん、季節に応じたスキンケアにも手抜きはないようです。

取材日:2023年8月1日