季節を愛でる和菓子。

京菓子司亀屋良長〉 吉村由依子さん

美を紡ぐ人Vol 3

Profile

吉村由依子 京菓子司
よしむらゆいこ
京菓子司女将。京都府生まれ。小さいときからお菓子作りが大好きで、大学で栄養学を学び、卒業後はパリの料理学校〈ル・コルドン・ブルー〉料理を学ぶ。24歳で、1803年創業の老舗、京菓子司〈亀屋良長〉に嫁ぐ。以来、八代目の夫とともに店の建て直しに尽力。伝統とは革新の連続である」との言葉通り、新機軸を次々打ち出している。

和菓子にも日本の四季がある。

美を紡ぐ人〉第二号で、きもののお話しを伺った茶道家の北見雅子さん。きものや茶道の設えには、常に季節を考えるものだけど、実は茶席と関わりが深い和菓子にも四季がある。きんとんなどはよく知られているお菓子」と教えてくださいました。そこで第三号では“和菓子”をテーマに、伝統的な和菓子に包まれた日本人の美意識についてお話を伺うことに。訪ねたのは、二百年以上続く京菓子司〈亀屋良長〉の女将、吉村由依子さん。和菓子の伝統を守りつつ、その瞳の先には和菓子の未来がありました。では美味しいお茶でひと息つきながら、吉村さんのお話しに耳を傾けてみましょう。

写真は〈亀屋良長〉の八代目店主・吉村良和さんが作ってくださった春の和菓子。中央の2枚は春のきんとん「らんまん」の製作工程。右は練り切りの「桜」美しい。

最初はあんこがどんなふうに作られるかも分からず…。

結婚するときには、店は手伝わないという約束だったのに、気が付けば、お店に立って接客していました。当時は若い和菓子ファンが少なくて、客層が広がらず、経営も低迷していました。私自身も洋菓子は好きでしたが、和菓子のことはほとんど知らなくて。最初は、あんこがどんなふうに作られるかも分からずでしたが、京都府菓子工業組合の訓練校で1年間、歴史や作り方も含めて幅広く学んで、和菓子っておもしろいと思うようになりました。

写真)二百年以上続く老舗には、代々大切にされてきた菓子見本帖や、自然をモチーフにした木型が今もたくさん残されている

守るべき伝統は守りつつ、時代に寄り添う。

店を手伝ううち、何とか建て直したいという思いも強くなって、どうしたら若い層にアピールできる商品ができるのか。自分だったら、どんなお菓子が欲しいかと考えに考え、これだ!」というアイデアを工場の職長さんに持っていくのですが、そんなん、できひん」と鼻先であしらわれて。夫も当時は保守的で「変わらないことが伝統を守ること」という考えが強かったですし。何度も職長さんにお願いに行って、やっと商品化にこぎつけたのが「宝入船」という懐中しるこでした。京都では、暑い時期に熱いものを食べるのが暑気払いによしとされてるんです。その夏のお菓子を冬に販売。お湯を注ぐと、中に仕込んだ松と桜とか5種類の琥珀糖のどれかが出てくる。それで、おみくじみたいに占えるというもの。これが若い女性に喜ばれて、ヒット商品に。それから、少しずつですけど、意見を聞いてもらえるようになりました。和菓子屋って、繁忙期と閑散期の差が激しいんです。年末は一番忙しいけれど、年が明けて桜が咲くまでがヒマで。そのヒマな時期に作れるお菓子を考えなくてはと思ったり、ディスプレイを研究したり。ともかく少しでもいい方向に行くようにと試行錯誤を重ねていきました。

写真左)“守るべき伝統は守る”ご主人・吉村良和さんの丁寧な手仕事。写真右)亀屋良長〉伝統の代表銘菓「烏羽玉」うばたま)と洋風バージョン〈サトミフジタ〉の「まろん」

和洋の枠を超えた新しい和菓子の世界。

2009年、夫が大病をして復帰後、健康維持のためにヨガを始めたんです。その先生から、体調もですが精神的にとてもいい影響をいただいて、こだわりを捨てて、いろんなことを柔軟に受け入れられるようになった。私もそれを見てヨガを始めたら、先生から「感謝と信頼」と言われて。そのときは感謝どころか、不満だらけだったんです。ところが、そこから不思議といいことが続くようになって。テキスタイル・デザインを手がける会社と知り合って、毎月、その時季に合ったテーマを与えられて新作を作るという仕事が始まりました。毎回、風神雷神とか〝きのこ〟とか、突拍子もないお題がくるんですけど、それを7年重ねたら、すごくいい勉強になったし、職人さんたちの頭も柔らかくなってきた。2010年には、パリの星付きレストランでシェフパティシエをしていた藤田怜美さんが、和菓子の勉強をしたい」と参入。サトミフジタ〉というブランドを立ち上げて、和洋の枠を超えた和菓子の新しい世界が拓けました。また、お客さまの声に後押しされる形で、心にも身体にもやさしい京菓子ブランド〈吉村和菓子店〉も立ち上げました。

写真左)サトミフジタの「ほのほの」ベースは桃山。上からキャラメルナッツ、チーズレモン、黒糖ショコラ。写真右)吉村和菓子店〉の「焼き鳳瑞〈あずき茶〉小豆の煮汁を泡立てたメレンゲのような軽い食感

老舗の歴史に新しい地平を切り拓く。

2018年、子どもの朝食からヒントを得て、パンにのせてトーストする「スライスようかん」を開発。これが爆発的なヒットに。さらに、若い職人さんたちに若い感性で和菓子を作ってもらおうと、かめや和菓子部」を設立。二十四節気ごとに一つのテーマを設けて、それに沿って小グループで、販売、事務、職人みたいなグループなんですけど、新商品の企画を考えてもらうんです。それをプレゼンして企画が通ったら、お店で1週間販売する。菓銘も自分たちで考えてもらって、その情報をSNSで発信してもらう。いいものができたら、来年のレギュラーになる。そんなことをやっています。日本には四季があって、昔から二十四節気、さらには七十二候と、細やかに季節の移ろいを愛でてきました。それを若い方にも感じていただきたくて。二十四節気を表したお菓子を楽しんでいただくことで、街中でも自然を感じていただける。和菓子がその役割を担えるのではないかと続けています。まだまだ、和菓子には可能性がある。感謝と信頼を胸に、伝統を守りつつ、さらなる飛躍をと思っています。

写真左)“和菓子を通して、日本の自然の美しさを伝えたい”と語る由依子さん。写真右)大ヒット商品となった「スライスようかん」

吉村由依子さん、スキンケアどうしてます?

最後に、吉村さんのスキンケアについて聞いてみました。多忙な毎日で、お肌の手入れもそこそこ。それでも、透明感のある肌が輝く吉村さん。これからは、スタッフともども、サクラエ」で美しくなります、とのこと。ますます輝く日々になりそう。これからが楽しみです。

取材日: 2024年2月1日